宮崎神社の由緒

創建年代は不詳ですが、元亀二(1571)年に、藤原朝臣児玉備前守元家と同大和守宗有が大檀那となり、社殿を再建立した棟札が残されています。 その後、寛文十二(1672)年及び元禄二(1689)年に社殿を再建しました。
 「竹仁村郷土誌」によると、宮崎神社は、元々は宮崎大輔という人物の鎮守神で、境内にある若宮という祠の御神体には「大丈大輔家正 延徳二年庚戌三月二六(延徳二年は西暦1490年)と書かれてあったと云う。
 明治四十三(1910)年七月、村内に鎮座していた八和田八幡宮、八坂神社、天満宮、住吉神社、厳島神社、素鵞神社、伊勢神社、熊野神社の八末社が合祀されました。 

宮崎神社の神さま

【主祭神】

帯中津日子命(たらしなかつひこのみこと)
品陀和気命(ほんだわけのみこと)
息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと) 

【相殿神】

弥都売神(みずはのめのかみ)
大穴牟遅神(おおなむちのかみ)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
中筒之男命(なかつつのおのみこと)
市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
須左之男命(すさのおのみこと) 

縁結びの夫婦榊

青々と生命力豊な榊の枝には、昔から、おみくじや絵馬が結ばれています。
宮崎神社の本殿横には、二本の榊が番(つがい)で並んでいます。
その姿から「夫婦榊」とも呼ばれています。 
仲良く並ぶ姿に、夫婦円満・家内安全の願いを込められ親しまれています
また多くの人々の願いを結んできた夫婦榊は、縁結びの御神徳を戴いた方も多く、ご縁を求めて「結びサカキ」などとも呼ばれています。
神社で受けられた「絵馬」に願いを書き、夫婦榊の枝に、優しく結ばれるとよいでしょう。

交通案内

しゃくなげの里 福富町

しゃくなげ

昭和二十六年に県天然記念物に指定され、福富町上竹仁、板ヶ峠山中を自生地としていて、例年、梅雨入り直前の五月下旬から六月上旬にかけて、淡紅色の花を咲かせます。
標高450m前後の自然環境のよい条件のなかで花が咲き、人の目を奪うほどの美しい花です。 

石楠花夜話

昔々、竹仁の郷が「篁仁の郷」であった時代、天上人が多くの女官らを引き連れて野点(茶会)を行っていました。すると天上人は、咲き乱れる群 に目が移り、后や女官たちのいることも忘れて、手にしていた笏をぱったりと落として花にみとれました。大切な笏を落とすほど美しい花だったため、その後は 「シャクナゲ」とよばれるようになったという。